「君と僕。」


オープニングより抜粋―――


 

☆ THE ハプニング ☆

 

 

「ほんぎゃー、ほんぎゃー」

「…………」

 ぷくぷくホッペの赤ん坊がリノリウムの床の上で元気よく泣いている。

 その前で、風紀委員長が呆然と立ち尽くしていた―――

 

 

 

 事件は並盛中の家庭科教室で起こった。

 山本は部活に行く途中通りかかった特別教室から漂ってくる非常に芳しい香りに誘われ、開けっ放しになっていた扉から中に入った。

 果たして、コンロの上には出来たてと思しき料理があり、匂いに引き寄せられるように山本は鍋から乳白色のスープをよそって喉に流し込んだ。

 お玉一杯くらいなら、摘み食いしても罰は当たらないだろう―――そんな軽い気持ちでした行為だったのだが……

「―――うっ」

 右手からお玉が滑り落ち、床に転がる。

 その後を追うように、山本も膝をついて胸を掻き毟った。

―――やべっ。

 尋常じゃない苦しみに、つまみ食いしたことを悔いた。

―――あー、こりゃ、マジにヤバイ。昨日、ヒバリと両思いになったばっかりなのにー。

 あまりの激痛に「死」の一文字が頭を過ぎっていく。

「ヒ、バリ……」

 最強とも最凶とも言われる彼氏の姿を脳裏に思い浮かべたまま、山本は意識を喪失した。

直後―――

「―――山本武!?

 山本の最後の言葉が聞こえたのか、それとも虫の知らせでも走ったのか、最強ダーリンが教室の中に飛び込んできた。

「―――!!

 脂汗を流して床に倒れこんでいる可愛い恋人の姿にサッと顔が青ざめる。

 一瞬、棒立ちになったが、気を取り直し駆け寄ったところで異変が生じた。

「――――――っっ」

 雲雀の見ている前で、恋人の姿がどんどん小さくなっていったのである。

 早送りで若返っている。

 そして、最終的には0歳児にまで時を遡って山本のメタモルフォーゼは停止した。

―――で、冒頭に戻る。


 

 

 

☆ 注意一秒怪我一生!? ☆

 

 

「きゃっ、きゃっ♪」

「…………」

「…………」

「…………」

 並中応接室に赤ちゃん+男が3人。

「―――で、どういうこと?」

 まず最初に口を開いたのはこの部屋の主だった。

 彼の声はいつも以上に低い。

 相当、機嫌が悪そうである。

「な、何がでしょう?」

 真正面から険しい視線を浴びせられた沢田綱吉はオドオドとした態度で聞き返した。

「とぼけないで。こんなフザケタこと、君たちが絡んでいないわけない」

「そ、そんなーー。オレは何もしてませんよっ」

 ツナは体の前で両手を激しく左右に振って、雲雀の言葉を全力で否定した。

「じゃあ、誰が僕の山本をこんな風にしたの」

 不機嫌を隠していなかったが、太腿の上に乗せた赤ちゃんを撫でる手つきは非常に優しい。

「きゃー♪」

 頭を撫でられている山本も非常に嬉しそうだ。

 姿が変わっても頭を撫でているのが好きな人だと認識できているようである。

 そんな山本はワイシャツ一枚のまま抱っこされていた。

 中学校の敷地内に赤ん坊関連の物など当然なかったので、一時しのぎに山本が着ていたシャツが使われていたのだ。

 現在、中学生には到底見えない風紀委員副委員長がスーパーに紙オムツとベビー服を買いに行かされている。

 無駄に長いリーゼントと老けた顔立ちの学ラン男が妙齢の女性しか立ち寄らなさそうなコーナーで『パンパース』と『ムーニーマン』を手にとって悩んでいる姿はなかなかシュールであった(笑)

 

 

 ガラッ。

 男臭い応接室のドアが突如長い髪の女性によって開け放たれる。

「ロメオ〜〜〜!!

 どうやら10年後ランボをまたしても『ロメオ』と勘違いし、追いかけている最中のようだ。

「こんなところにいたの、リボーン。待っていてちょうだい。ロメオを亡き者にしたら、すぐに新作料理をもってくるから」

 早口に言いたいことだけ伝えると、ビアンキはやってきた時のように慌しく部屋を出て行った―――帰りは窓から。

「「「………………」」」

「ビアンキ、だね」

「ビアンキしかいねーだろ」

ビアンキの『新作料理』が今回の原因と見て、まず間違いないという結論に一堂は達した。

 状況から見て、山本の倒れていた場所のすぐ近くにあった料理が怪しいとは考えていたのだけれど。

「にしてもさ、とうとうビアンキもポイズンクッキング以外にも作れるようになったんだね」

「若返りの薬か―――用量さえまちがわなければ、莫大な富を齎すものになるな」

 マフィアらしい発言をボソリと吐き出す。

「えーと、とりあえず、山本が口にした物を調べてみて、解毒剤を作ってみたらどうかな?」

 不老を求める人間にとっては、毒どころか特効薬だろうけれど、別に若返りなんて欠片も望んでいない山本にとっては『毒』ということになるだろう。

 

 そんなこんなで、彼等は連れ立って家庭科調理室へ。

 

 ザバー。

「あーーー!?

 彼らが調理室に入ってまず目にしたものは、鍋を傾けている教師の姿だった。

「だ、だめーーー」

「―――え?」

 四十過ぎの女教師はビックリして、鍋の取っ手から両手を離す。

 ドンガラガッシャン!

 鉄製の鍋が重たそうな音を立てながら、ステンレスの流しに倒れた。

 そして、引力に引かれるように中の液体を排水溝に流し込む。

 バタバタと駆け込むツナ。

 そして、大急ぎで鍋を拾い上げる。

「あちゃーーー」

 中身はほとんどなくなっていて、隅っこに少しだけ白くドロリとしたものが残っているのみだった。

「これで足りるかなぁ―――」

「それだけあれば、大丈夫だろ」

 青褪めるツナにリボーンは冷静な声で応じる。

「きゃっ、きゃっ」

 何が面白いのか、雲雀に抱っこされたままの山本は両手を叩いてはしゃいでいる。

 危機感のない光景だ。

 

「なら早く作って」

 一秒でも早く山本を元の姿に戻ってもらいたい雲雀であった。

 恋人関係になった途端、相手が赤児になられてしまったので、まったくもって欲求不満だった。

 他人には厳しい雲雀だけれど、恋人はたっぷり甘やかして、いちゃいちゃする予定だったのである。

 思う存分甘い時間を過ごすはずだったのに、他人の都合で台無しになった。

 そのことに、彼は憤りを隠せないようだった―――。