「GO HOME」より一部抜粋―――
1 帰郷
「親父ぃ、ただいま!」
久しぶりの帰国。
久しぶりの親子再会。
だが、不在期間を感じさせない様子で山本武は実家の敷居を跨ぐ。
「おー、帰ってきたか」
剛は満面笑みで出迎えた。
「どうだ? 向こうの暮らしは」
「だいぶ、慣れてきたけど……やっぱ、この家が一番落ち着くかもな」
「そーだろ、そーだろ」
愛息子の言葉に父は笑み崩れた。
「今回はどれくらいこっちにいられるんだ?」
短いと半日程でイタリアにトンボ帰りしてしまう山本である。
「たぶん、五日間くらいはいられると思う」
突発的なことが生じたらその限りではないので、頭にどうしても『たぶん』がついてしまう。
それは職業柄仕方なかった。
久しぶりに親孝行したいのは山々なのだが―――。
「―――それで、父ちゃんに紹介したい人なんか出来たのかぃ?」
何となく雰囲気が今までと違うことに勘が働いた。
「お、すげー」
ズバリ見抜いた父の眼力に素直に感心する。
「そーなのな! 生まれて初めて恋人ができたのな」
ニコニコとそれは幸せそうな表情を見せる。
「そうか……もうそんな年になったか―――」
わが子の成長に剛は感慨深く何度も頷いた。
「どんな人なんだ?」
「10歳年上で―――」
「ほぉ……年上か。まぁ、年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せというくらいだからな」
「口より手が先に出る短気な性格で、しょっちゅう灰皿とか花瓶とかコップとか投げてんのな―――」
「短気か……武はのんびり屋なところがあるから、釣り合いがとれるじゃねーか」
物は言い様である。
「兎の目みたいに紅い目で、でも、可愛いっつーより綺麗系?」
「綺麗か! オレの息子だな。かーちゃんも町一番の美人って言われたもんさねぇ……」
若くして亡くなった美人で評判だった妻の姿を脳裏に思い浮かべ、にへらと鼻の下を伸ばした。
「口が悪くって、口癖は『カス』」
「カス? 油カス、天カス? それとも酒カスかねぇ?」
天然の親は天然。
飲食店を営んでいる剛はごく自然と食品関連を連想したようである。
「普段は長椅子でグータラしてるけど、いざっていう時は頼りになるのな」
「ほう……」
「あと、食べ物にはすごく煩い! 高級食材を腕がいいコックさんが調理しても気に入らなかったら食べない―――でも、オレが作ったのは大体全部残さず食べてくれるのな」
「それはまたわかりやすいなぁ……武、愛されてるねぃ」
「へへ」
照れくさそうに鼻の頭を掻く。
「―――どうやら完璧な性格とは言いがたいようなお人のようだが―――惚れちまえば痘痕も笑窪さぁね。うまくいっているようじゃねーか」
「まあまあ? 一緒のとこで暮らしてんだけど、なかなかオフが重ならないのが難点かな」
「一つ屋根の下でもう暮らしてるのかぃ!?」
「え? うん。言ってなかったっけ?」
「はじめて聞いたぜ」
ちょっと呆然とする父。
「ってぇことは……もう、『一緒になる』約束を交わしたってぇことかい?」
「一緒になる?」
「プロポーズは済ませたのか?」
「プ―――」
剛の神妙そうな顔をまじまじと見つめ、ぷっと吹き出した。
「何を笑ってやがんでぃ」
「や、だって! 結婚なんてするわけないのな」
「真剣にお付き合いしているんじゃないのかぃ?」
「真剣だぜ―――伊達や酔狂でアイツと付き合えるわけねーのな」
「…………?」
真剣に付き合っている恋人同士が、同じ家で暮らしている。剛の考えでは、それは即ち結婚を前提とした関係なのだが…………。
彼は古き良き日本の男子なので、自然とそう考えた。
妻と真剣に交際しはじめて直ぐに『結婚』の二文字が頭に浮かんだものである。
「赤い糸で繋がっている相手だけど、さすがに『結婚』はありえないのな」
「おめーがそこまで想っているのに結婚しねぇってことは……なんだ、相手の人は本気じゃないのか?」
―――『赤い糸』なんつーロマンチックな言葉を使うほどの仲だってぇのに結婚はありないってーのは一体全体どーいうワケなんでぃ。
うちの息子が弄ばれているのかと、剛は気色ばんだ。
「あー……そうじゃないと思うけど」
ザンザスのことは、山本にだって一から十までわかっているわけじゃない。
とりあえず、彼の気持ちを疑っていないが、だからといって本人以外が断言していいものでもないだろう。
「オヤジ、心配しなくてもオレたちは大丈夫だから!」
「そーかい?」
納得しかねるような曖昧な表情で息子の言葉に頷く。
「つーか、そろそろ―――」
話題の主が遅れてやってくることを告げようとした直後、がらりと引き戸が右に移動した。
「―――お!」
―――噂をすれば……だな!
竹寿司の暖簾を長身の男が潜る。
「すみません、お客さん。まだ準備中なんで―――」
「オヤジ! 紹介するな」
剛の言葉に山本の声が被さる。
「こいつ、なのな!」
にっこり笑顔で威圧感たっぷりの男を父に紹介する。
「―――は?」
「だから、このザンザスがオレの大切な人なのな」
「―――っっ」
頭に巻いた布がズルっと瞼まで下がってきた。
「父ちゃん、耳が悪くなっちまったようだ―――もう一度、言ってくれるか?」
「? さっき話した付き合っている相手ってーのが、ここにいるザンザスなんだけど?」
「父ちゃん……目も悪くなっちまったかもしんねーなぁ…………目の前にいる人が男に見えるんだが…………」
「ハハハ! ザンザスが女に見えたら変だって!」
父の動揺を息子は笑い飛ばす。
「はははは……そっか! 男か! はははははははははははははははは!」
自棄になってひたすら笑う父。
―――父ちゃん、どこで育て方間違えちまったんだろうな…………いやいや、偏見はよくねーな! 恋愛は自由だ! そうさ、男同士だって本気で愛し合っていたら問題なんてないさね―――ああ! これっぽっちもないさ!!
狼狽しつつ、剛は息子が招きいれた男をカウンターに着かせた。