[Beautiful Wordl]

オープニングから一部抜粋――― 

† プロローグ †

 鬱蒼とした森の中に、その屋敷は存在した。

 生い茂った木々を抜けると、突然な城と言っても大げさではない規模の屋敷が現れるのだが、魔法か何か仕掛けでもなされているのか、地元の人間がその場所に足を踏み入れることは滅多になく、仮に辿りついたとしても、帰宅後には記憶から消えていた。

 そんなミステリアスな屋敷に一人の男が住んでいた。

 男の名はザンザス。

 イタリア屈指のマフィア ボンゴレファミリーの9代目嫡子にして、反逆者である。

 9代目暗殺に失敗した彼は組織が所有する屋敷に十年近く閉じ込められていた。

 どういったカラクリになっているかは不明だが、ドームで覆われているわけでもないのに、敷地の外に出ることができなかった。

 いろいろと不可思議な力や秘密を抱えているボンゴレなので、人一人を不可視のバリアーで包み込み、閉じ込めることも可能なのだろう。

 屋敷での日々は日常生活をする分には不自由はない。

 ボスの軟禁に、彼の酔狂な部下たちが幾人か付き合って屋敷についてきたので。そこで、元独立暗殺部隊の男たちはボスの身の回りの世話をしていた。

 ただ……彼らの姿は以前と異なる形態になっていたけれど。

 スクアーロは鮫のヌイグルミ。

 レヴィは傘。

 ベルフェゴールはワイヤー付きナイフ。

 マーモンはトイレットペーパー。

 ルッスーリアは釜。

 無機物の姿はしていても元は人間だったせいか、しゃべれるし、移動も可能。

 時に不自由さに舌打ちしつつも、それなりに現状を楽しんでいた。

 もちろん、いつかはボスともども、この閉ざされた空間から出ていく気満々だったけれど。

 

 ザワッ……

 風もないのに、敷地内に植えられている樹の枝ががサワサワと揺れた。

 ふわりー……。

 湿った空気が漂う。

 久しぶりに、雨が降りそうだ。

 ポツン……

 ザーーーー。

 最初の一粒が地面に落ちるやいなや、直後スコールのように勢い良く大粒の雨が降ってくる。

「ボス、オレを使ってください」

 ピョーン、ピョーンと柄の跡を地面に残しながら、レヴィがザンザスの前にやってきた。

 だが、ザンザスはレヴィを振り向かず、言葉も返さなかった。

「…………」

 シャワーでも浴びているかのように、悠然とした態度のまま大空を仰ぐザンザス。

 ルビーのように真っ赤な瞳に映るものは、なんなのか。

 決して短くはない期間身近に控えてきたというのに、レヴィには未だに彼の心が判らなかった。

 ボスの心を簡単に理解できるようになる、などと自惚れたことは考えていないが、だが、こんな風に雨に濡れたザンザスの姿を見ていることしか出来ないというのは少し寂しかった。

「ボス……」

 黒い傘が、なんとなくショボンと項垂れていると、

「ひゃーーー。すっげー、雨!」

 森の中から十代半ばと思しき少年が突然飛び出してきた。

 遠くアジアの国から海を越えてやってきた日本人―――山本武である。

「お! でっけー家! 雨宿りさせてもらえねーかなぁ」

 山本は短い髪から雫を飛ばしながら、門扉周辺を探る。

「チャイムないのな?」

 実はちゃんとあるのだが、山本の視界には入らなかった。

「おじゃましまーす」

 門の外に呼び鈴がないというのなら、きっと玄関ドアの横についているのだろう。

 そう勝手に解釈して、少年は重厚な作りの門を両手で押し開けて、屋敷の中に入っていく。

 雨は暫くやみそうにない。

 森の中で迷子になって、途方にくれていたので、ここは是非、屋敷の人間に雨宿りがてら、道を教えてもらおうと思っていた。

 

「お! リンゴ」

 門を入ってすぐにリンゴの樹が目に入る。

 果樹はそれだけではなく、

「オレンジ、ナシ、レモン、ブドウ、オリーブ、アーモンド……家庭菜園ていうより、果樹園??」

 果樹園にしては、奥にデデーンとデカさマックスな屋敷が建っているんだけど。

 しかも、屋敷の裏側には野菜畑まである。

 そこにはイタリアンバジルやらシチリーなす、トマト等々……健康によさげな野菜が幾種類もたわわに実っていた。

 野菜の世話は主にレヴィが担当しているけれど、たまにベルが手伝うこともある。

 蔓をワイヤーに引っ掛けたり。

 ナイフでザクッと切って収穫したり。

――――――とは、言え、彼の場合、本当にきまぐれなので、あまり労働力として考えてはいけない。

 ボスに献身的なレヴィが、進んで何でもやるので、それで諍いがおきるということはなかったけれど。

 雨宿りするつもりで駆け足に屋敷へ向かうつもりだったのに、庭の見事さに見惚れて、ゆっくりとしたペースになってしまった。

 庭には果樹だけではなく、そこかしこに美しい花も咲いていた。

 色鮮やかな花々の競演に、山本はそれほど花に関心がなかったけれど、思わず目を奪われた。

「ディーノさんちも、ケッコーすごかったけど、ここはまた何か不思議な感じだ…………」

 俗世界とは遠く隔たった空気が漂っているような気がする。

 おとぎの国に迷い込んだと言われても、思わず納得してしまいそうだ。

―――しかも、なんかよくよく見ると、あの建物って家っていうより遊園地とかにありそうな……お城みたいだし。

 お姫様とか王子様とかが出てきても不思議じゃない。

 ザック、ザック、ザック―――。

 雨で湿った庭をスローペースで歩いていると、突然何かが飛来してきた。

 BANG!

「―――うわっ」

 山本の頬に一筋の傷が生じる。

 飛んできたのは、鉛の銃弾だった。

「あっぶねぇ……」

 血の滲んだ頬を手の甲でグイと拭き取る。

「いきなり撃つかぁ?」

 オリーブの樹の陰に立っていた男―――ザンザスに向かって山本は抗議の声を上げた。

「うせろ」

 ザンザスは一瞥をくれ、低い声で一言だけ言い捨てると、少年を無視するように屋敷へ向かった。

「あ! 待ってなのな! あんた、ここんちの人だろ? ちょっと雨宿りさせてほしーんだけど」

「―――」

 ザンザスは応えず、屋敷の扉に手を掛ける。

「無視しないでほしーのな。雨宿りがダメなら、ちょっと道を教えてくれ! じゃなくて、教えてください!」

 十歳くらい年上だろうザンザスに向かって山本は言葉遣いを改めた。

 もしかして、無遠慮な物言いが男の気に触ったかもと思い至ったためである。

 バタン。

 だが、少年の呼びかけに男は振り向かず、そのまま扉の中に消えた。



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