「赤い糸」

本文から一部抜粋



 ワイワイと映画の感想を話しているところに、喧騒が近づく。

 

『カスが!』

 ドガッ。

 ゲシッ。

 長い銀髪が弧を描きながらルッスーリアと山本の間に落ちてきた。

 例によって例のごとく。

 黒髪赤目の凶暴我儘ボスさんが八つ当たり気味にスクアーロを蹴飛ばしたのだ。

 

「なにしやがるッ」

 数え切れないほどの暴力を受けながら、一向に懲りずに言い返す。

「―――グッ」

 その直後、大理石製の灰皿がスクアーロの額にめり込んだ。

 売ったら確実に十万以上にはなる灰皿が本来の目的以外で使われること数十回。

 意外に丈夫に作られているらしく、端っこが欠けることはあれども、全壊することなく生き残っていた(笑)

 

「いつも以上に機嫌悪そうなのなー」

 我関せずとばかりに、山本はさっさと壁に背を持たれて騒動が終結するのを待つ。

「やっぱりねぇ。こうなると思ったのよ」

「ルッス?」

「お・見・合・い」

「お見合い?」

「ほら、ボスも今年で33じゃない? 私としては一生独身でいてもらった方がうれしいんだけど、組織のトップにいるとそうもいってられないのよ」

 それで、ボンゴレ古参の幹部が騙し討ちのようにして、ザンザスに見合いの席を設けたというのが、今回の騒動の元だ。

 彼は自分の孫娘の一人をザンザスに嫁がせることで、組織内の己の地位を上げようと画策したらしい。

 現在、10代目は日本からやってきた沢田綱吉がついているが、見るからにひ弱そうな彼がこのまま過酷なマフィアの世界で生き残り続けられるとも思わない。

 そうなった場合、再びザンザスをファミリーのボスにと望む声も高くなるだろう。

 実力的には文句なしなのだから。

 問題は〈ブラッド・オブ・ボンゴレ〉―――ボンゴレの血がザンザスには流れていないということなのだが、その辺りはごり押しで何とかなるだろう。いや、してみせる。

 などと、戯けたことを老害を患っているとしか思えない男は考えたのだ。

 もちろん、そんな底の浅い男の考えなど、ザンザスは丸わかりで、用意された席につくことなく、その場を後にしてきたという次第である。

 幸い、その場には引退した前ボスも在席していたため、事なきを得た。

 逆に言うと、9代目がいたから、ザンザスの超直感が鈍り、まんまと見合いの場まで出向いてしまったのだけれど。

 養父に関して、いつだって冷静でいられない捻くれたファザコンボスであった。

 

「……えっ」

 見るともなしにザンザスとスクアーロのやり取りを見ていた山本は、パチパチと瞬きを繰り返した。

 スクアーロの左手小指に巻き付いているのは銀色がかった細い髪の毛みたいな赤糸。

 それは、もう別段不思議なものではない。

 光の加減でシルバーにもワインレッドにも見える糸は綺麗だったけれど。

 目を引いたのはザンザスの指から伸びている糸だ。

 糸と言っていいのか―――それは赤い炎だった。

 メラメラと小指の先から炎が伸びている―――――――――――――――山本の小指まで。

「―――っっ」

 いきなり、自分の指に炎が巻きついていることに気づき、山本は咄嗟に手を振って火を消そうとした。

―――あれ? 消えない?

 かなり激しく左右に振ったのだが、炎は消えるどころか、より一層強く瞬いた。

「何やってるの?」

 不思議なパフォーマンスを突如見せ始めた山本に、ルッスーリアが疑問をなげかける。

「熱い、から?」

「は?」

 見かけは古い建物だが、中は最新のエアコンディショナーで整えられ、一年中快適な温度に保たれている。

 室内で運動でもしたら熱くなるかもしれないが、特に体を動かしたわけでもないのに、熱いとは腑に落ちない。

「風邪でも引いた? 熱があるなら帰って寝たら? 私に菌を移さないでよ」

 ザンザスや了平の菌なら貰っても構わないが、それ以外の男からは御免蒙る。

「風邪? ちがうけど―――」

 ルッスーリアの言に首を振って否定する。

―――むしろ、風邪だったらよかったかも。

 変な幻覚が見えるのが風邪のせいならよかったのだ。

「ザンザス、が…………?」

―――ないないないないないないない!

 赤い糸の―――運命の相手がザンザスなんて、そんな馬鹿な話はない。

 きっと、これは何かの間違いに違いない。

 実際、ザンザスが目の前に現れるまで自分の指には何もなかったのだから。

―――気のせい、気のせい。

 もともと、山本が見えていたのが本物の『赤い糸』と実証されているわけではないので、そんなに大事に考える必要もないだろう。

 おそらく、見えるようになったキッカケは敵の匣兵器を頭に喰らったせいだろう。だが、その影響が永久に持続するとは考えられない。

 そこまで影響力があるなら、肉体にも少なからず支障がでなければ可笑しい。

 だが、肉体は到って健康。

 今すぐフルマラソンだって出来ちゃう程だ。

 

―――そのうち、見えなくなるだろ。 

 ぐだぐだと悩まないのが山本の長所だ。

 早々に結論付けて、山本はスクアーロに声を掛けた。

「スクアーロ、大丈夫なのな?」

 この後、手合わせできるか聞くと、

「当たり前だぁ!」

 濁声で返答が返ってきた。

 殴られても蹴られても物をぶつけられてもへっちゃらなのがウリみたいなところがあるスクアーロは即座に復活して仁王立ちする。

「行くぞぉっ」

「はは、頑丈なのなー」

 負傷のふの字もないスクアーロの確かな足取りに、山本は軽い笑いを零しながらついて行く。

 

「―――っ」

 外に出る際、ザンザスの横を通り過ぎる。

 擦れ違った刹那、ボォッと炎が二人の中心で燃え上がったような気がしたけれど―――山本は敢えて見なかったことにする。

 気にしないことにしたのだから、いちいち反応しちゃだめだ。

 けれど―――ザンザスから数百メートルも離れたのに、山本の小指から炎の幻は消えずにいつまでもチロチロと燃え続けていた――




以下は本でv